新村桜利斗ちゃん虐待事件

行歩寿希の生い立ち「寂しい施設育ちで依存症に」関係者証言あり

新村桜利斗ちゃん虐待事件

新村桜利斗(おりと)ちゃん(3)が熱湯を浴びせられて亡くなった事件。
母親の行歩寿希(ぎょうぶ・じゅき)(23)も暴行を加えていたとして、10月27日に逮捕されました。

行歩寿希は、どのような生い立ちだったのでしょうか。

行歩寿希の生い立ち「寂しい施設育ちで依存症に」関係者証言ありを深堀します。

※文春で新しい情報が報じられましたので、追記しました。

新村桜利斗ちゃんの母親はメンヘラちゃん

松原拓海は半グレか

行歩寿希のFacebook

追記・行歩寿希に罰金10万円の略式命令

行歩寿希に対し、罰金10万円の略式命令が出ました。

大阪府摂津市で、3際の息子に暴行した疑いで逮捕された母親に、大阪簡易裁判所は罰金10万円の略式命令を出しました。

引用:カンテレ

行歩寿希は松原拓海を待っていると語ったと言われていますが、逮捕され、罰金の命令が下った今も、気持ちに変わりはないのでしょうか。

行歩寿希の生い立ち「寂しい施設育ちで依存症に」

行歩寿希の生い立ちについて、小・中学校時代から交流がある行歩寿希の友人が、文春オンラインの取材に答えています。

「寿希はとにかく男が『やれ』と言えば、何でもやってしまうような性格でした。男ができれば友達を遊びに誘うこともなくなりますし、とにかく男が一番。たとえ愛する我が子であっても、男がやるのであれば虐待を止めない姿は容易に想像がつきます。

寿希自身も、親の愛情に恵まれて育ったわけではありません。両親に問題があったのか、小中学校時代は姉と2人で学校近くの児童養護施設で暮らしており、寂しい思いを抱えて育ったことも影響したのかもしれません」

引用:文春オンライン

施設暮らし=寂しい生い立ち ではないでしょうが、行歩寿希は寂しく感じていたようです。

行歩寿希は嫌われてしまうと、居場所がなくなってしまうので、なんでも男の言うことに従い、男に依存していたことがわかります。

先の同級生は続けます。

「Nさんと結婚していた時も、当初は周囲に相当のろけていましたね。ただ結局、寿希の浮気が発覚してしまい、その腹いせとしてNさんも浮気をした結果、離婚したようです」

引用:文春オンライン

新村桜利斗ちゃんの父親との離婚理由が、行歩寿希の浮気と言うのは驚きですが、行歩寿希は、男に対する依存度が高く、言い寄ってくる男性に嫌われるのが怖くて、断れなかったと考えると腑に落ちます。

 

追記・行歩寿希の生い立ち「両親の顔も覚えていない」

行歩寿希の幼少期をよく知る人物が、文春オンラインの取材に答えています。

「寿希は両親からネグレクトの虐待を受けて施設に入りました。普通、授業参観や運動会などの学校行事や、休日などに両親が訪ねて来ることが多いのですが、寿希の両親は一度も顔を見せたことがありませんでした。『両親はいるのか』と一度尋ねたことがありましたが、『いるかいないかわからん。顔も覚えとらん』と言っていましたね。

一緒に入所した姉は優しいがとても地味だったといい、そんな姉を見て「姉妹なんて思わんで欲しい」と周囲に話していたという行歩容疑者。

住んでいた施設の女子棟は、同じ建物内に幼児棟も入っていたのですが、寿希が小学校高学年の頃には、今回犠牲になった桜利斗ちゃんと同じ3歳の子に暴力を加えることもありました。『ほんまにしばいたる』と怒って、蹴ったり、足をかけて倒したり、室内を引きずり回したりと、気が済むまで“報復”を繰り返すんです。そもそも子供が嫌いだったのだと思います。

引用:文春オンライン

行歩寿希は両親の顔も覚えていないと言っていますので、思い出もないのでしょう。姉とも仲が良くなかったので、人との接し方を学べなかったのでしょう。

行歩寿希は愛し方を知らなかったので、施設の小さな子供を愛することが出来ず、思い通りにならないと暴力をふるったのでしょう。施設育ち=愛し方を知らない訳ではないので、行歩寿希に問題があったことがわかります。

行歩寿希の生い立ち:小中学校は大阪府岸和田市

行歩寿希は大阪府岸和田市で生まれ育ち、地元の小中学校を卒業したと報じられています。

行歩寿希が通っていた中学校は、岸和田市立山直(やまだい)中学校のようです。

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行歩寿希の中学校と思われる、卒アルの写真が報じられています。

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目と目の間隔が開いています。
一重で腫れぼったく小さな目で、お世辞にもかわいいとは言えません。

大人になってからの行歩寿希の顔画像は二重まぶたなので、アイプチなどで二重を作っていたことがわかります。

新村桜利斗ちゃんの母親はメンヘラちゃん

松原拓海は半グレか

行歩寿希のFacebook

 

行歩寿希の生い立ち:高校へ行ってない可能性も

行歩寿希の高校時代の情報がありません。

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唯一の情報が、行歩寿希のFacebookでたったひとりの友達が、柏原東高等学校に通っているとあるので、行歩寿希も同じ学校に通っていたのではないかと推測が出来るというものです。

大阪府立柏原東高等学校(おおさかふりつ かしわら ひがし こうとうがっこう)は、大阪府柏原市にあった公立高等学校。府立109番目の高校として昭和後期の1977年(昭和52年)に地元の強い要望で新設。柏原市で唯一の府立高だったが定員割れが続き、2020年(令和2年)度(2021年3月末)で廃校となった。略称は「かしとん」。

引用:Wikipedia

 

ですが、文春オンラインの取材を受けた行歩寿希の友人は、行歩寿希の高校について、話していません。

中学校を卒業してからは疎遠になりましたが、インスタにネイルの写真や、しっかりとスーツを着た写真を上げたりしていたので、立派な社会人になったのだと思っていました

引用:文春オンライン

友人が行歩寿希と別の高校へ通ったのであれば、「高校が別で疎遠になった」と言うのではないでしょうか。また、「立派な社会人になったのだと思った」とも言っていることから、高校へ通っていなかった可能性もあります。

 

文春オンラインに、行歩寿希の高校時代の様子が記載されました。

「周りから“高校デビューの教科書”と言われていましたね。中学生の頃は長袖にパーカーという地味な恰好をしていましたが、急に髪の毛を金髪に染めたり、パンツが見えるぐらいギリギリの短いスカートを穿くようになりました。その頃からは施設の門限を破り、無断で友達の家に外泊することが多くなりましたね。学校も無断で欠席するようになり、無事に卒業できたかもわかりません。

引用:文春オンライン

行歩寿希は典型的な”高校デビュー”だったのです。高校を卒業していれば、高校の卒アル写真が報じられるでしょうが、見当たらないので、やはり高校を卒業していない可能性が高まります。

また、文春オンラインでは、行歩寿希は「孤独に耐えられないタイプ」だったと報じています。

行歩容疑者は、典型的な「1人でいるのに耐えられないタイプ」だったという。友達に「金ヅル」と思われてでも、一緒にいたいと思うほど、内面には深い孤独を抱えていたようだ。

金髪やミニスカートは注意でもいいから、構って欲しかったのでしょう。
行歩寿希は、友達にご飯をおごることで友情を繋ぎとめ、男に依存して、付き合うと別れるを繰り返しています。

行歩寿希は心を育ててこなかったのです。そのため、桜利斗ちゃんが亡くなっても悲しい気持ちにはならず、涙の一滴もこぼさなかったのです。

行歩寿希がどこかで心を育てるきっかけがあったら、桜利斗ちゃんが亡くなることもなかったかもしれません。逮捕され収監されてから、行歩寿希の心を育てることは出来るのでしょうか。

行歩寿希の生い立ち:社会人経験はあるのか

行歩寿希は無職で、生活保護を受給していたと報じられています。

生活保護は、憲法で保障されている”誰もが文化的で健康的な最低限度の生活を維持するため”の国の制度ですので、行歩寿希に病気などで働けない理由があるのであれば、受給しても何の問題もありません。

もちろん、行歩寿希の両親は行歩寿希に対して扶養義務があります。行歩寿希は施設暮らしで両親とも疎遠だったとみられるので、生活保護が受けられたのでしょう。

事件などのニュースでは、時に無理やりなくらい犯人の職業が報じられます。
例えば、”元飲食店従業員”や”自称会社経営”などです。ですが、行歩寿希についての職業については、何の情報もありません。行歩寿希は働いた経験があるのでしょうか。

 

バクサイでは、行歩寿希に借金があるとの書き込みも見つかります。

おりとちゃんの母親って借金あるって噂あったよね
行歩寿希が新村苗字から変更したかったのはそもそもの理由が借金だからね
無職では借金が出来ませんので、行歩寿希は働いた経験があるのでしょうか。それとも、主婦の立場を利用して、借金をしたのでしょうか。

行歩寿希について「めざまし8で関係者が語る」

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10月28日放送の「めざまし8」で関係者が語りました。

行歩寿希の友人が語ります。

日常的に怒鳴る、蹴る、叩く、はねのけるは、あの子たちの生活の中では普通に起きていたことです。

ー桜利斗ちゃんのケガを見たことがある?
あります。桜利斗ちゃんの左の頬に大人の手形がついているのを見ました。

生活の中でも自分中心なんです。桜利斗ちゃんは、後回し…。
(行歩寿希は)キレイな服を着ていても、桜利斗ちゃんは毛玉だらけとか、ちょっと前が汚れていても着させる。

桜利斗ちゃんが邪魔だということも頻繁に口に出していた。
車の中で桜利斗ちゃんが暑い飲み物をこぼしても、ヤケドの心配をしていなかった。

なぜ、桜利斗ちゃんに冷たく当たるの?と聞くと
「八つ当たりの先が桜利斗ちゃんしかない」って。
「それは違うよ。それは虐待だよ。」と私が言っても
「違うんです。」って(行歩寿希は)答えていた。

ー本人たちにとって何だったんでしょうか?
「遊び」だったんでしょう。

 

驚いたことに、行歩寿希は逮捕の直前まで、交際相手で既に逮捕されている松原拓海の母親と同居していました。

松原拓海の母親が「めざまし8」の取材に応じています。

桜利斗ちゃんの葬儀の後、9月の初めごろ、松原拓海と行歩寿希は松原拓海の実家で暮らすようになりました。
桜利斗ちゃんとの写真を見せたりして、思い出話をしていました。松原拓海が逮捕された時も、自分も虐待しているとは言いませんでした。

松原拓海は家族関係が良くなかったとも言われていますが、松原拓海の母親は、住むところもない松原拓海と行歩寿希を追い出すことは出来なかったのでしょうか。

行歩寿希を住まわせることも、めざまし8の取材に答える松原拓海の母親の行動も、にわかに信じがたいです。

 

松原拓海が逮捕された後の行歩寿希について、友人が語ります。

もう何よりも自分が一番考えなあかんのは、自分のための生活をどうしていくか、彼氏をどうしていくか、口を開けばそればかり。

私が桜利斗ちゃんの話に戻しても、お金と彼氏の話ばかり。
「桜利斗ちゃんの分の生活保護費が入ってこなくなったら、どうやって食べていこう」
「桜利斗ちゃんが〇んだせいで、生活保護費全然もらわれへんかった」とかって

友人の証言から、行歩寿希は男のいない生活が、考えられなかったことがわかります。
行歩寿希は両親からも愛されないで育ったので、自分の価値は女であることだけと考えていた可能性があります。
家族問題カウンセラーの山崎さんは
  • 摂津市役所は、行歩寿希に91回も面接している
  • 自分から、松原拓海が桜利斗ちゃんを叩いたと相談している

2点のことから、摂津市役所は、行歩寿希との信頼関係があると錯覚し、”何かあったら相談してくれるだろう”と思ってしまったのでは、と指摘しました。

 

行歩寿希は、施設での暮らし、男性との交際で、問題をかわす方法を身に着けたのでしょう。そうでなければ、結婚もしていないのに、松原拓海の母親と同居するはずもありません。

行歩寿希は、生活保護の担当者や虐待の窓口の担当者の追及をかわし、信頼関係が築けていると錯覚させるモノを持っていたのでしょう。

行歩寿希は男に依存し、授かった桜利斗ちゃんを都合よく利用し、依存していました。

行歩寿希が依存することなく、自分の足で歩いていたのなら、こんなに悲しい事件は起きませんでした。

幼児虐待事件がこれ以上繰り返されることのないよう、正しい性教育、子育てについての教育の充実が求められます。

 

新村桜利斗ちゃんの母親はメンヘラちゃん

松原拓海は半グレか

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